ねぇ落合さん、適当って何パーセント?
実は瀬直さんと話していて、僕すごい思い込みに気づいてしまったんです。それに気づいたら劇的に相手との関係性が変わったんですよ。
その思い込みとは?
総合格闘家へと転向した、北京オリンピック柔道金メダリスト 石井慧選手が、試合に向けての意気込みを聞かれて、「適当にやっています」と回答したという記事を目にした。
なんというシンクロだ。ちょうど先日、友達のヒロからも同じ話を聴いたばかり。彼は、自分に出来る全力を出して、よ~し!!と思えた段階でビジネスパートナ―にお願いしますといって仕事を渡す。
すると帰って来る回答が決まって『適当にやっとく。』だったとか。
僕がこんなに頑張ってやってるのに、適当にやるってどういうこと?ヒロは何年分も積もり積もった思いを吐き捨てるように、ビジネスパートナーに問い詰めた。
『瀬直さんの適当って何パーセントぐらいの力でやってるんですか?』
すると、瀬直の回答は
『80%位。フラットでそのくらいの力が出せるのが理想だから100%は目指さない。でもゾーンに入ってしまう時は120%位になってるかも。神掛かってるなぁって自分でも思う時がその時かな。』
それを聞いたヒロは、な~んだと、あっさり解決。
すっきりした気持ちで仕事が始められるようになったのだとか。
それでヒロは私に聞いてきた。
『落合さんにとって適当って何パーセント?』
20パーセント位かなと答えると、同じだ~と笑うヒロ。
適当=いい加減=20%。適当の位置づけは、私にとっては低いものだった。だから瀬直の80%という回答を聞いて彼らしいなぁと思いつつ、ヒロの戸惑いと葛藤が痛いほど伝わってきた。
人は自分の尺度で判断し、相手や物事を決めつけ、都合のいいように見てしまう。特に言葉という共通言語によって同じ認識をしているという錯覚が、人間関係や物事を複雑にし、ややこしくしてしまう。
物事は客観的に全体をみて判断する必要があることを改めて感じる出来事だった。
今回、ヒロは一歩踏み出して相手に聞いてみるという行動を起こしたことで、な~んだという自分の思い込みに気づき、それを笑い話として私に持ってきたわけだが、これがもし、自分の中に抱えた悩みの相談という形で私に持ちかけてきたらどういう展開になっていくだろうか…。
『落合さん、相談に乗ってもらえますか?僕が全身全霊で取り組んだ仕事を任そうと瀬直さんに渡したら、適当にやっとくって言うんですよ。それも毎回です。もう頭に来ちゃって…。僕の気持ちを汲んでもらえてないというか、仕事への温度差を感じてビジネスパートナーとして一緒にやっていくことに不安を感じてしまうんですよ。』
パラレルワールドの視点でみれば、適当の思い込みがヒロと同じであった私は、ヒロに同調していた可能性も否定できない。瀬直は、仕事が早いし責任感が強いというポジティブな印象すら薄れさせてしまう認識のズレ。それが起こってしまう原因は自分の思い込みを疑わずにいることにある。
だからいつもだれかのせい。だって先生がそういったから…。上司が…、専門家が…、芸能人が…。そうやって誰かのせいにすればラクでいいし、責任を取らなくていい。その代わり、真実の目でみると言うことがどういうことか、わからなくなってしまった。
自分で考えなくなった習慣の代償はあまりに大きい。
まずは自分の思い込み、認識を疑ってみることから始めてみよう。そうすることで自分を閉じ込めてきた殻や、失ってきたものを取り戻していこう。
どこから手をつけたらいいのか?どうやって思い込みに気づけばいいのか?
一番簡単なのは、自分に葛藤が生まれた時だろう。なんで?どうして?と思う裏には、自分は間違えていない、自分は正しい、という思い込みが少なからずあるからだ。そしてヒロは対話するという行動を通して、相手との認識のずれに気づくことができた。そこに気づけると、相手へのあの憂いはなんだったのかというほどクリアになる。さらに、思い込みを理想の形に書き換えることもできるし、もっと自分を自由にすることもできる。
そう考えると、思い込みを見つけることは、自分の幸せを制限していたものから、広げるための突破口になるのではないだろうか。
最後に、石井選手のインタビューにも続きがあった。
「自分のその日その日の課題に沿って適当にやっています。一つ言いたいのは適当にやるのと(中途)半端にやるのとは違います。適当というのは決して悪い意味ではありません」