「生理的に無理!」という言葉からは、何も受け付けない!触れないで!!というような絶対的な拒否感を感じます。「無理」という領域をさらに超えて手の尽くしようのない拒絶です。
特に女性が男性に対して使ってしまう言葉かもしれません。「生理的に無理」と言われてしまった男性も気の毒な感じがしてしまいます。
生理的に無理だという表現を使ってしまう人の心の奥にはいったい何があるのでしょうか?何が絶対的な拒絶を表現しているのでしょうか?
もし、今あなたの身近に生理的に無理だと感じる人がいるとして、毎日その人に会うのであれば、その人に会うたびに鋼鉄の壁にぶちあたって前に進めない状態と同じことです。迂回路もあるでしょう。
しかし、目の前に生理的に無理な人が現れているということは、そこにチャンスがあると捉えてみます。
今日はその生理的に無理=鋼鉄の壁を一緒にすり抜けてみましょう!!
◉ 生理的に無理な人現る!
* 受け入れる
ある日、私は友人に「もうダメ!!だって生理的に無理なんだもん!!」と話して大笑いしていました。
なぜか、女性の間では「生理的に無理」という表現はトランプのオールマイティカードのように「生理的に無理」と言えば、多くを語らなくても理解してもらえる感じがあります。
特に男性に対してこの言葉を使う時には、暗黙の了解のように「ああ。。わかるわぁ~!それじゃ無理よね」みたいな絶対的な共感が得られる言葉でもあります。
わかってもらえる。理解してもらえる安心感は精神的にとてもラクです。
しかし私の場合、生理的に無理という感情が一緒に住んでいる父親に対して湧いてきてしまいました。
久しぶりのこの感覚、思春期の高校生の頃が蘇ってきました。私は、高校生のある一時期、テレビをみている時にそばに父親が座ってきても嫌な感じがしてその場を立ち去ることがありました。それがまさに「生理的に無理」という感覚でした。
父親が私に何をしたというのでしょう?ただ私のそばに座っただけなのです。当然私と父親の間にも気まずい空気が流れ、それは家族全体にも波及するものでした。ただ、気持ち悪い感じがするのです。
これは父親が男性なので、思春期の私にとっては男性に対する「性的」なトラウマが自然に発露していたとも考えられます。
思春期の女の子のこういう行動は珍しくないことだと世の中でも理解されていて私の場合も順調に大人になっている過程として、いつのまにか父親への拒絶の時期は過ぎていきました。
今思えば、私の場合は、その時期と重なるように、好きな男性が現れたり、恋人ができたりした時期に移行していきました。
*過去世をみる*
後に何年も経って、男性との関係があまりうまくいかない私自身をみたときに「過去世」という見方を知る機会がありました。
過去世という見方は、私という存在が今あるこの肉体だけにあるのではなく、私は「魂」という存在で、この肉体が滅びてもその私の「魂」の目的を果たすまで何度も生まれ変わる(輪廻転生)という考え方に基づいています。
私は、男性との関わりを辿り、その大元でもある父親からその過去世をみてみました。
私と父親を「過去世」でみたとき(感じたとき)に、まず「囚われていた」という想いが蘇ってきました。
<私の過去世の物語> *********************************
イメージでは、父親はお城の城主のような存在で小さなお城だけの世界を自分の思いのままに動かしている人でした。過去世においては、私と父親は娘のような、多くの女性の中の一人だったようです。
過去世の父親は、対外的には穏やかで戦いを好まない人ではありましたが、気が弱く、内と外ではまるで違う人のような所がある人でした。
女性だけにしか自分の感情を見せることはなかったのでお城の中にいる家族やそこで雇われている女性は、城主に対しては絶対服従の関係でしかあり得ませんでした。
それは経済的なことでの服従でもありお城を出てしまえば、食べて生きていくことができないという絶対的な理由でした。
そしてもちろん「性的」な部分での服従もあったように感じました。そこに、本当は好きでもないのに性的な関係を持たざる得なくなるなど、感情的にそこに「恨みつらみ」の元となるような想いがあることもイメージとして浮かんできました。
好きでもないのに生きていくための引き換えとして性的な関係を持たざるを得ないという「悲しみ」の感情もそこにありました。
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◉ 観察する
生理的に無理という想いを観察していると、その想いは、男性にだけではなく、女性に対してもあることに気づきました。私の場合、男性に対しては「生理的に無理」という表現を使ってその関係を遮断していました。
女性に対してはどうかというと「私とは違う!」という表現の仕方でした。「私とは違う」という感覚は、ポジティブな意味合いではなく、否定的なもので私の中に無いものは受け入れられるはずがない!!というような絶対的な拒否感です。
人生の中でさまざまな出会いがありますが、時々このような絶対的な拒絶をしなければいけないシーンがあり、私の感覚では、そのサイクルが決まって流れてくるような感じがしたのです。
そこで私は考えました。なぜ「生理的に無理」と感じる人や「私とは違う!」と拒絶してしまう人と出会うようになっているのだろう?と。。
そんなとき、嫌な出来事や嫌な人は私の中の「闇」の部分を見せてくれているという一文を目にしました。私の中の「闇」は暗くて見えにくく、見えないものは怖いという感情が出てきます。
まずは、その怖れを手放します。目の前に現れる出来事や人は私にとって最善のものとして現れてきています。そこを信じることにしました。
不思議なものでそう思ったとたん、扉は開きます!最初に生理的に無理=鋼鉄の壁というふうに書きましたが、まさに、その鋼鉄の壁の扉の鍵穴が見えてきました。
◉ 宝の発見!
* ハートを開く
ワンネスという言葉があります。
あなたとわたし、人と動物、動物と植物、植物と鉱物、すべて元々はひとつ!全てがつながっている。
私は、ワンネスであるこの感覚に気づきたくて、巡り巡って絶対的な遮断をしたくなる人との出会いをつくって自分自身に見せているんだなと理解するようになりました。
絶対的な遮断をする感情の大元は「怖れ」です。自分と同じ価値観の人はすんなり受け入れることができますが、違う価値観の人や嫌だなと感じる人のことは、批判したり攻撃する気持ちが自然と湧いてきます。
今まで長いことそのことは、ごくあたりまえのこととしてやり過ごしてきました。
しかし、今、ごく身近かに「生理的に無理」と感じる人がいて、そこを避けて通れない状況が在るということは、生理的に無理=鋼鉄の壁の扉を開ける鍵を手にしている!ということでもあるのです。
その鍵はニチメコで学ぶ中で知ったハートを開くということでした。このことは前回の記事でも書いたことなのですが、とても大切なことなのです。
ハートを開くとは、守ること攻撃すること 不安や怖れ批判や価値観を手放すことです。
人と接するとき、大抵は価値感や判断や守るなどの鎧をきたままですが、ハートを開くことでその奥とつながることができます。
ハートを開くという言葉からは、鍵を開けるという物理的な行動のイメージよりも、鋼鉄の壁をすり抜けるというような魔法の術を身につけるようなワクワク感があります。
生理的に無理な人に対して、守ること攻撃すること、そのどちらでもない自分自身の在り方をイメージしてみてください。最初はなかなか難しいものです。
私も今、日々実践中ですが、難しいと感じながらも魔法の術を身につけるトレーニングをしているというワクワク感を忘れないようにしています。
トレーニングと思い、あきらめず積み重ねることによって必ず身に付いていきます。そこを信じます!
◉ 具体的に
* 虹色の光で包む
目の前に生理的に無理と思える人が現れたとき、その絶対的な拒絶感を超えるためには、ハートを開くことが鍵で、そのことは守ることでも、攻撃することでもないことを知りました。
そしてそういう自分で在りたいと望むとき、出てくるのが「ありのままの自分」という言葉でした。
まず、目の前の嫌な人に対してハートを開くより先に、嫌だなぁと感じている自分自身に対してハートを開きます。
具体的には、深呼吸をしてリラックスした状態をつくり、嫌だなぁと感じている自分自身を虹色の光で包むイメージをします。
これはやってみて初めてわかることなので、ぜひやってみてください。受け入れ難い目の前の人や出来事は、自分自身の「闇」に灯りを灯すような役割をしてくれています。
まずは、自分自身のネガティブな感情を見つけそれをありのまま虹色の光でやさしく包み込んでください。
出てくるたびにあきらめず、魔法の術を身につけるトレーニングをしているワクワク感を忘れずにやってくださいね。
そして、もう少し付け加えると、私たちは実は、元々変える能力を持っている存在です。しかし、この地球での体験のために本来の全知全能という能力を「忘れる」という設定をしてきています。
本来の私を思い出すためにも、解放のために浮かびあがったネガティブな感情は虹色の光で包み溶かしていきましょう!!
*未来世 : 過去世を書き変える*
アカシックレコードという言葉を聞いたことがあると思います。
アカシックレコードとは宇宙に存在する私たち生命体のデータバンクのようなところです。ニチメコでは、チャネリングの授業や講座がありそこでアカシックレコードのことも学びます。
アカシックレコードとは、私たち生命のすべての状態をメモリしています。つまり良い悪いに関わらず、すべての情報が蓄積されるエネルギー層です。
というふうに説明されています。アカシックレコードは「すべて」を蓄積するエネルギー層なので、私たちの記憶そのもののデータは書き換えることはできません。しかし、わたしたちの感情や思考は書き替えることが可能なのです。
そして、過去世についてはこのように書かれています。
過去世をもとに未来世は創造されます。それは今の瞬間に常に書き換えられています。つまり今、未来を予測したらそれをそこで書き換えているのです。ですから未来への不安や恐れがあるのならそれを今違った形で創造することできるのです。
ということは、今、私が生理的に無理だと感じる人との感情は、過去世のデータが書き換えられることなくそのまま起動している状態になっているわけですから、これをもとに、そこにあるいらない感情を解放して、望む形を未来世として創造することができるということなのです。
そこで早速私は、私と父親の未来世をアカシックレコードにアクセスしてリーディングしてみることにしました。
<私の未来世の物語> *********************************
未来世では現在の私の父親は、元気な10歳くらいの男の子として登場してきました。とても優しく思いやりのある子です。
お父さんと一緒に木の器を作っている姿が見えてきました。職人さんの家に生まれ、師匠でもある父親から手ほどきを受けながら、師匠よりも誰よりも熱心に木にノミをあてる姿がとても楽しそうに輝いています。
好奇心が旺盛でなんでも作ってみたい気持ちに溢れています。
男の子は自然の豊かな環境の中であたたかい家族に育てられ、もの作りをする職人さんへと育っていきます。
男の子のそばでやさしく微笑んでいるお母さんのような女性の姿が見えました。。。。
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私は、生理的に無理だと思う父親のさびしくツライ過去世から、私が感じる恨み辛み悲しみを解放し、あたたかい家族に囲まれて自分の好きなことを思い切りやって育っている男の子の未来を予測して書き換えました。
その男の子を感じると私はとても幸せを感じて思わず笑顔がこぼれます。いつも「がんばってね」と応援したくなる気持ちが溢れてくるのを感じました。
◉ まとめ
今回、目の前の現実に生理的に無理と感じる人が登場したおかげで私は、今というこの瞬間に過去も未来も同時に存在することを知りイメージの世界で書き換えるということが可能だということに着目してみました。
そして、わたしたちはこの肉体のみの存在ではなく、宇宙のアカシックレコードというすべての生命体のデータバンクとつながっている存在であることも意識することができました。
それはとてもエキサイティングな体験であり、ワクワクすることです。
今までは、生理的に無理だという表現を使ってしまうような絶対的に無理な人が現れるとその人を避けて通ることや、その人と直接関わることで問題を解決しようと孤軍奮闘してきました。
しかし、なかなかそのやり方では解決できないことを何度も何度も体験していました。
その体験があったことで、今回は自らの感情を通して私自身の内面に向かいイメージを書き換えていく方法を実際にやってみることができたことに心から感謝します。
まさに私たちには不可能は存在しないということの一部を垣間みることができた気持ちでワクワクしています。
ぜひみなさんもこの方法で生理的に無理=鋼鉄の壁をすり抜けて自由な世界を楽しんでください。そしてその自由な世界への扉はいつも「最善」という形で目の前に開かれています。
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